五大の人生日記

日々感じたことや、思いついたこと、思い出などを
書き綴っていきます。

人生に「もしも」はあるのか

私はもともと後悔の多い人間で
(あの時ああしていれば)というのをよく考えていた。


しかし、最近は以前ほど頻繁には考えなくなった。
(きっと必然だったんだろうな)と思うことが多くなった。


(あの時ああしていればよかった)というのはあくまでも
今の視点からである。歳をとり、経験を積み、情報が集まり
昔より世間知らずではなく、賢くなった状態から見ての判断だ。


当時の自分の精神状態、頭の中身、考えていたこと、
キャッチしていた情報、周囲の助言や、時代背景など
詳細に覚えているだろうか?おそらく大半は忘れてしまってるはずだ。


仕事をやめる、学校をやめる、どこか別の土地へ引っ越す、
誰かと縁を切る・・・


そういう行為を行う前に
「そうした方が良い証拠」が自分の中にすでに複数存在
していたはずなのだ。


たとえば、学校をやめる場合
学校を「やめた方がいい証拠」が10個あり、「やめない方がいい証拠」
が1個しかなかったから・・・やめたのだ。


まあ、比率は人によって違うが、
「やめた方がいい証拠」が「やめない方がいい証拠」を上回ってる
ときにやめるはずだ。


それが逆ならやめてるわけがない。


あの時、やめなければよかった、と後悔することは


10個の「やめた方がいい」を差し置いて、1個の「やめない方がいい」
に傾けばよかった、という意味だ。


それは非常に不自然で、超人級の技である。
そんな芸当が当時できただろうか?


つまり、過去の出来事とはその当時において、もっとも可能性の
高い方向に自動的に流されていった結果なのである。


自分の頭の中身を含め、当時の状況を忠実に再現できたとすれば、
変更、他の選択肢の余地なんてほとんど無いことに気づくだろう。


むろん当時の状況はタイムマシンで戻らない限り忠実に再現できない。
だから現在の位置から仮想的に過去の出来事を判断している
わけなのだ。














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