五大の人生日記

日々感じたことや、思いついたこと、思い出などを
書き綴っていきます。

1人暮らしの光と影

1人暮らしをはじめた頃は本当に楽しかった。正解だと思った。


それまでは兄弟と一緒の部屋だったり、高校生になって1部屋与えられても
個室じゃなかった。隣の部屋(妹の部屋)とはふすまで仕切られて
いるだけなのだ。(和室にカーペット敷いて勉強机置いてる部屋)


妹は私の部屋を通らないと自分の部屋に行けない。私の部屋は、
ふすまともう一つ、引き戸があった。


玄関すぐ近くの部屋だから、親も妹も引き戸開けてズケズケ
入ってくるわけだ。鍵なんてかけられるわけがない。


ほとんどサザエさんちみたいなオープンな家だったのだ(苦笑)。


それでも1部屋与えられたときは、最低限のプライバシーは保てたので
ほっとしていた。


1人暮らしを始めたのは10代の時、D市で。学生として出てきていた。


個室に住めたという喜び、そして、最初の3ヶ月ぐらいはほとんど
バイトしなかった。やっても日雇い。このぐらいが一番楽しかった。


定期的にバイトするようになってから大変だなーと思うようになった。
通勤しないといけないし、遅刻はできない。もちろん学業でもその
縛りがあった。


通勤時間が長くなったり、正社員になったりするともっと厳しくなった。


1人暮らしの負の部分が見えていない段階では最高に楽しいはずだ。


それでも、D市でもE市でも友達がそれなりにいたからまだマシだった。


東京の1人暮らしはかなりボッチに近い状態からスタートした。


東京の1人暮らしを初めたとき、最初はよかったが、
しばらくするとジワジワと孤独感が増してきて
耐え難い感じになっていった。


当時はネットのようなものはあまり普及しておらず
パソコンも持っていなかったから、
余計に孤独から逃げるツールがなかった。


正直、この孤独に慣れちゃいかんと思う。それは麻薬と同じ中毒症状
なのだ。ネットで孤独がまぎれても、それは逃げてるだけ。


周りを見たらみんな人とのつながりがあるのに、自分だけ無いという
恐ろしい現実に・・・いつか再び・・・気づくことになる。


昔、秋葉原事件の犯人が、ボッチで、唯一の孤独を癒す場を
ネットに求めていたのを知ってるだろうか。ネットなんて虚構の場。


だから、孤独を癒す場をそんなところに求めてはいけない。


現実の場に求めるべきなのだ。私はそれを宗教団体に求めてしまった。
内容としては間違いである。が、現実に存在するものの中に求めた
という意味では間違ってなかったと思うのである。


孤独は麻薬みたいなもの。いったんはまると容易に抜けられない。
最初のうま味にはまっていくと、そのうま味の一方でどんどんヤバイ要素が
たまっていくのに、それに気づかずにいるようなもの。


しばしば、それはヒッ●ー、●ート、メン●ラーの入り口となる。


実家で、個室の部屋がもらえるなら、あえて1人暮らしなんてする必要は
 ないと個人的には思う。


同居人と深刻なトラブルを抱えているケースを除けば
1人で閉じこもってウツウツとするよりは、親であれ誰であれ、毎日生身
の人間と接している方が精神衛生上は良いはずである。














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