五大の人生日記

日々感じたことや、思いついたこと、思い出などを
書き綴っていきます。

「東京人」を捨てた 2

私は東京に出てくる前、西日本のB市に移る話があった。


当時住んでいたE市はコテコテ、癖のありすぎる街で、
職場の人間関係も最悪になっていたから、この街は出たいと
思っていた。


今思うと、E市で転職し、もう少しマシな所に住めばすむ話
だったのかもしれない。当時は、下町の、工場地帯、ドヤ街っぽい所、
そんな所ばかりに住み、気が滅入ってしまっていた。


B市は実家からはそこそこ距離はあるが、むちゃくちゃ遠方というわけ
 ではない。E市に比べ、過密度や泥臭さは減るし、自然に恵まれており
学生もそこそこいる。住みやすいかもしれなかった。


それで実際にB市にはアパートを探しに行った。
そこは地元では有名な大学の近くだった。
(学生の多い所は安いアパートや便利な店がそろってることが多い)

私は子供の頃住んでいて、イジメを受けた印象が強かったが
親としては、すごく思い入れのある都市だったようだ。


親の知り合いの失業中の青年を、コネによって、B市の工場に雇い入れ
る話があったようだ。お前もどうだ、という雰囲気があった。


親は東京は「見知らぬ土地」とよく言っていた。
B市なら親も住んでいたので勝手がわかる。
だから親は私のB市への移住は歓迎していた。


しかし、私は工員は二度とやりたくなかったのである。
明らかに自分に合わないと思っていた。


それに私にとってはB市は小学校時代イジメを受けた土地。
過去の嫌なことを思い出しやすく、印象が悪かった。


おまけに「一度住んだ県には二度と戻らない」というおかしな
ジンクスを持っていた。


結果的には東京に来てよかったとは思っている。


が、あそこまで頑なになる必要性もあったのだろうか、と
と思うこともある。


自分の心の状態が、嫌な人間も、イジメも、不幸も
引き寄せてることを知ってるから。


おととし、B市を訪れた時、電車の座席に忘れ物をしてしまった。
近くにいたおばさんが、親切に教えてくれた。


(あれ? B市にもいい人いたんだ)と思った。
アタリマエである。


住む場所だけ変えても何も変わらないのだ。
自分の心が変わらなければ。


(写真:B市)








×

非ログインユーザーとして返信する

あと 2000文字

※は必須項目です。