五大の人生日記

日々感じたことや、思いついたこと、思い出などを
書き綴っていきます。

西郷どん

西日本最大級の都市、E市に住んでいた頃のことである。


6月9日の「友人が遊びに来た時」の記事の続きになるが、

住んでいた寮を出て、アパートに引越し、仕事も変えたのである。


あまり知られていないが、E市は薬問屋とか医療関連の

会社が割と多くある。


こういう会社で仕分け、検品、納品などの軽作業バイトをはじめた。

工場や倉庫作業とさほど変わらないような感じではあるが、

扱う物が軽いし、座って作業ができた。


その職場の先輩で、鹿児島県出身のBさんと出会った。太い眉、

ぱっちりした目、小太り体型など、西郷どん(西郷隆盛の鹿児島弁での

言い方)にどことなく似ていたが、性格は優しく、気さくだった。


Bさんは鹿児島弁はほとんど話さなかった。「どうせ通じない」と

割り切っていたようだ。標準語とE市の方言をミックスしたような感じ

だった。


よく飲みに連れて行ってもらった。

「俺、この都市で学生やってたから、安い店知ってる。

そこ行こう」


「梅●」という比較的大きなターミナル駅の方まで出向き、

「●急東通り」にある「スーパー百番」という居酒屋に

よく行っていた。


(へぇーこんな所にこんな安い店あるのか)ネットもない時代

こういう店の情報を仕入れるのは本当に難しかった。


BさんはE市で、医療福祉系専門学校に行ってたのだが、

ドロップアウトしたか、資格を取りそこねたか、

どちらかだったと思う。


彼女がいて、その彼女に「がんばって~」と励まされて

もう一度奮起することになった、と聞いた。


低迷している時期に支えてくれる恋人がいるというのは

何と有難いことなのだろうか。


勤めていた会社はいつでも正社員に登用してくれる

という会社だった。


ただ、そこでは正社員にはならなかった。少々問題が

あったのだ。


社長がかなりのワンマンで、バイトやみんなの

見ている前で部下の社員を叱ることがよくあったのである。


ある日も納期の件で、社長と部下の男性社員がもめていた。

社長はヒステリックに「会社つぶれるぅー、つぶれたら

お前の責任だー!」とわめきちらしていた。


社員は叱られながらも耐えていたが、社長は

「何だぁその目は!文句あるのか!嫌な奴だな~」と言った。


今思うとパワハラだが、当時は何の社会的制裁もなかった。


Bさんは「あの社長は工事現場の現場監督そのままだ・・」と

言っていた。


結局その職場では良い先輩にめぐまれた。

が、Bさんは先にやめてしまい、私も長くは続かなかった。


今はその会社は存在していないようだ。

本当につぶれたのかもしれない。


↓写真:西日本最大級の都市 E市(本人撮影)

のんびりした街並みが東京と全然違いますね。




















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