五大の人生日記

日々感じたことや、思いついたこと、思い出などを
書き綴っていきます。

絶望航空

31年経った今でも日航機事故が報道されているが、毎年あの事故では助かりようが

なかったのか、と考える。


圧力隔壁が壊れ、飛行機の重要な部分である垂直尾翼と油圧系統がやられてしまった。

(油圧系統とは飛行機の昇降舵や方向舵などを動かす部分で、車で言えばハンドルで

ある。)


垂直尾翼か、油圧系統か、どっちか片方が生きていれば、助かった可能性がある。


垂直尾翼が壊れて、油圧系統が生きていたら、不安定ながらも着陸できるだろう。


垂直尾翼が生きていて、油圧系統が全滅の場合はちょっと厄介であるが、

とりあえず安定的に飛行はする。着陸は車輪を手動で出して、空気抵抗を大きく

すれば、高度が下がる。


あとはパワーをしぼって速度を落とすが、

失速して墜落しないようにしなければならない。方向舵、昇降舵がきかないので、

特定の空港に降りることはできず、不時着は確実だ。


油圧系統は本系統と、予備、予備の予備、とバックアップが充実していたのに

もかかわらず全部ダメになったとの事だ。


飛行機にパラシュートを備え付ければ、客は助かったのではないか、と思ったが

素人がいきなりパラシュートを背負って飛び降りても結果は見えてるので

装備しないらしい。


スカイダイビングは訓練もせず素人がいきなりパラシュートで飛び降りてる

わけではないのである。


あの事故は技術的な問題以前に不運が3つ4つぐらい偶然に重なった、

たぐい稀なほど、非常にツイてない事故だったのだ。



だからその飛行機に乗った段階で手遅れ、絶望100%だったのだ。

乗る前に手を打たなくてはならなかった。


自分はまだ絶望100%の飛行機には乗っていない。まだ助かる。

そう思いたい自分がある。


不運が何重にも重なりあい、絶望が100%に達することはめったにない。

かならず不運の中にもまだマシな部分、恵まれている部分が存在する。

だから助かるし、運命の変更もできる。








     




自給自足

どこか無人島に行って自給自足し、気ままに暮らしたいというのは

ある種の人間にとっては憧れである。


沖縄県の離島でそういう暮らしをしている爺さんがいるとのことである。

しかし、フタを開けてみると、毎月高齢のお姉さんから1万円仕送り

してもらってるという。


その1万円の内訳は自作できないような生活用品購入のほか、

タバコやコーヒー、ラジオの乾電池と言った嗜好品に使われている。


実態はパラサイトということ。仕送りのお金が入ってこなくなった

とき生きていけなくなるだろう。が、結局は生活保護で救済され、人里で

暮らすと思う。


昔、グアム島のジャングルで、終戦を知らずに28年も生き延びた

元日本兵、横井さんが本当の意味での自給自足に近いと思われる。


生えている植物の繊維で、靴、ロープ、服などを作り、火起こしの

道具まで自作した。


しかし、これでもまだ甘いのだ。もともと軍隊から支給された

鍋や飯ごう、ナイフやハサミを持っていたから。火起こしも最初は

レンズを使い太陽光を集めて着火したという(ガラス製で後に破損した為

火起こし道具を作ったとのこと)


文明の利器を使わず、粘土で食器や鍋を作り、石と石をぶつけて

割れた破片からナイフを作るところから始めたらどうなるだろう。


サバイバルナイフとか、メタルマッチとか、GPSとか、

最新型のグッズを持ち込んでサバイバルと称する人もいるが、

これは今の文明に準拠、依存しているにすぎない。


土器を作るにしてもジャングルに土器に適した粘土が

あるとは限らないし、できてもひび割れたり、防水性に欠けてたり

するだろう。


表面がつるつるしている器などは釉薬(うわぐすり)を塗っているが

そんなのは原始時代にはなくもっと後世である。ジャングルで手に

入らないし、存在しても百科事典でもない限り、どこにあるのかわからない。


鉄なんて自分で作れるわけがない。鉄鉱石がいるし、精錬するための

施設がいる。


100均に売ってるようなプラスチックの皿とか安価なものでさえ、人類が

長い年月を試行錯誤の末、作り出したもの。


石と石をぶつけた破片で初めての石器(道具)を作り出して

から、こういうものが作れるまでに50万年~150万年はかかっている。


今存在する物は、無数の試行錯誤、無数の発見発明、無数の技術が

積み重なってつながってできたものである。


かように考えると、社会から完全に切り離されて生きていくことは

不可能に思える。ポリ袋、レジ袋ひとつ自作できず、それと同様のものを

自然界から行き当たりばったりで求めるのは非常に難しい。


あきらめよう。完全に社会と縁を切ることはできない。

粘土をこねて、土器から作る覚悟があるのなら別だが

文明と、社会と関わりながら生きていくしかない。








山の日

私が今まで住んだところは地形的にいうと、

大体以下の3つのタイプに分けられる。(※親の仕事の都合とか自分の

運命の流れとかで、今までに6つの都道府県に住んでいる)


1.内陸の都市で、市街地の周囲に山が多く、どっちかというと盆地の

ような地形。市街地を大小の川が流れる。(市街地から山は見える)


2.海沿いの都市。海からさほど遠くない位置に山がある。市街地は

海と山にはさまれるような形。川は山側から海側に向かって流れる。

(市街地から山は見える)


3.近くに海も山も川もない所。(市街地から山も海も川も見えない)


成人するまではほぼ12の場所に住んでおり、今は3に住んでいる。


山も海も川もなく、視界に映るのはビルと住宅と車と人間のみ。

東京砂漠とはよく言ったものだ。

こういう所に住んでると息が詰まりそうになる。


登山はあまりしないが、ずっと山を眺めて育ってきたようなものだ。


そこで今ではとりあえず1か2を満たす条件の場所を東京近辺で探し、

そこが拠点化しているような状況だ。


電車乗らないと行けない。交通費はかかるが、たまにそういう所に

行かないとやってられない。