五大の人生日記

日々感じたことや、思いついたこと、思い出などを
書き綴っていきます。

金の切れ目が縁の切れ目

宗教に入っていた時のことである。ある信者に
「ここにいるみんな(信者)は五大君の友達だから。仲間だから」
と言われた。


そういわれると、ぼっちの私はけっこううれしいものが
あったのだが


結局、彼らと会うたびに献金(寄付・お布施・チップ)をしなければ
ならなかった。


そのうち、献金(寄付・お布施・チップ)しないと明らかに機嫌が
悪くなるのが感じ取れたのだ。


彼らに下の映画の、松坂慶子さんのセリフをぶちかましてやりたかった。
「私達友達よ? 友達に献金(寄付・お布施・チップ)するっておかしい
のと違う?」


https://www.youtube.com/watch?v=dDYOPgjXHPo


結局、友達というより、顧客と、商売人(サービス業)の関係だった。
金の切れ目が縁の切れ目になって今は続いていない。


大人になると、学校時代のように純粋な友達関係とか不可能に
なってしまうのかな。


特に女性とのつきあいでは、金で割り切りって未だに抵抗ある。
「歳考えろ、現実見ろ」って言われるのかもしれないが。


人類の理想と現実の葛藤なのかね。


写真:四天王寺の鐘ってこれか?(2017 本人撮影)


人生の基礎

世の中に蔓延する「人生は簡単にやり直せる」という風潮


・長い人生、若い時の1年や2年、回り道したっていいじゃない。
・人生に無駄はないよ


受験浪人生や不登校に陥った人を慰める言葉として
よく使われる。


私も当時だまされたが、これ程の嘘はない。


まず、人生は決して長くはない。私は20歳だったのは
ついこないだのように感じる。


次に、人生をやり直したり、方向転換するのは実際には
容易ではないということ。


3つ目に、普通以上のレベルの人生の人は、この若い時期
絶対に回り道はしていないということだ。


人生の基礎を作るための非常に貴重な時間と考えていて、
時間を無駄にはしていないのである。


悲しいことに、アラ20、少なくとも23歳(誤差2歳位)まで
の状況がその後の一生を決定してしまう。


23歳の時点で、
・社交性がある。
・人間関係でつまづいていない
・足を引っぱる病気がない
・万事ポジティブに物を考え、積極的に行動する
・将来のビジョンが、子供の時と23歳の時と同じ
・学歴がある(または取得予定)
・食えるような資格や専門技術がある(または取得予定)
・経済や金儲けに興味を持っている。
・異性とつきあう経験をしている。
・車を持っている。
・海外経験あり。(大学生はまとまった時間を作りやすく、
ワーキングホリデーという恵まれた就労ビザを使いやすい)


このような要件を満たしていると、
人生のどこかで失敗して落ちても、必ず這い上がれるのだ。
人生の基礎ができているからだ。


基礎工事無しに家を建てることはできない


基礎ができているとはどういうことか。


たとえば、ビルで、各階や、屋上に行くための階段が
ついているようなものと考えればよい。どこかで滑って
転げ落ちても、階段を再び上がっていけばいいのだ。


ところが人生をやり直せると思っていた私の場合、
最初から、自分には階段がついていなかったことに気づいた。


そこで投げ縄を使って、ビルのどこかの出っ張りにひっかけて
登ろうとして、何回も縄を投げるが、うまくいかず、気づいたら
歳をとっていた、ということだ。


投げ縄の他に、ビルの壁づたいにクモ男みたいに這い上がる
方法もある。しかし、危険だし落っこちると後がない。


みんな階段で簡単に上にあがれるのに、何で自分だけこんな
アホみたいな方法で登らないといけないのか?


世の中でやり直せた人は、必ずこの人生の基礎ができている。


人生の基礎ができてないと難しいのに、その部分を無視して
どこからでもやり直せる、と無責任に書いている本の著者や
文化人が多すぎる。


人生の基礎=階段がない限り、何をやっても無駄なのだ。


私もあくせくといろんなことをやったが・・・


人生の基礎がないまま、引越しして都会に出たり、
異性にアプローチしたり、職を変えたりしても・・、
大して意味がないのである。


それは基礎工事無しに家を建てるようなもので
結果が見えているのだ。


じゃあ、23歳でダメだった人はもうやり直しできないのか。
結論から言えばそのとおりだ。


たとえば野球経験のない人が、50歳からプロ野球選手になり、
10代の新人選手と混じってやっていけるだろうか?


芸能でも何でもそうだろ?
早くて子供の時から、アラ20ぐらいの時は進む道が決まって
いて、それなりの準備を経て一人前になっている。


引きこもってる暇も迷ってる暇もないの。


しかし、人生をやり直すために試すべきことはまだあるよ。
それをやってやり直せるかは誰にもわからない。ダメもと
かな。ダメでも神仏や世間を恨まないことが重要だ。



夏の思い出 1

昔の夏、汗をかいて学校から帰り、真っ先に
家の冷蔵庫を開けていたものだ。


うちの家の冷蔵庫に入っていたのは
冷水ポットに入ってる麦茶、ポンジュース、牛乳が多かった。


今思うと、炭酸飲料がなかったのは
親が栄養面とか考えてくれてたんだろうなあと思う。


しかし、炭酸飲料はたまに外で飲むことがあった。


コーラと、ファンタ、そして透明の炭酸飲料。


ほとんどの人にはなじみが薄くなってしまっただろうが、
スプライト、キリンレモン、三ツ矢サイダーといったところだ。


当時はキリンレモンの勢力がすごく強いように感じた。
スプライトはヨーヨーなどで有名。透明飲料はこの2つが2強では
なかったか。


しかし、私が一番好きなのは三ツ矢サイダーだった。
あの甘みとコクが何とも言えなかったのに、当時は2強に押されて
何かマイナーな感じであった。


ラムネは縁日のような所でしか飲む機会がなかったが、ラムネと
似た味かもしれない。


スコールなんかは飲んだのはずいぶん後で、1人暮らしをしてからだ。
美味いなあと思った。喫茶店で飲むクリームソーダに近い味では?