五大の人生日記

日々感じたことや、思いついたこと、思い出などを
書き綴っていきます。

おかげさまで

昨年のあの時から1年経った。

まだこのブログをはじめてはいなかったのだが。


どん底だったのだ。

悪いことが連鎖的に、次々と起こっていた。


そのすべてはここでは書けない。たくさんある。

大筋を言えば、とんでもない病気にかかり、気分が落ち込んでいる

ところ、財布を落としてしまった(すられた可能性もある)。


財布には現金のほか、保険証、運転免許証、キャッシュカードや

クレジットカードなどあらゆる重要書類が入っていた。


外出先で、突然文無しになってしまったのだ。帰りの電車賃もなく、

交番でお金を借りた。警官の態度が冷たくて泣きたくなった。


結局財布は出てこなかった。


現金以外のカード類、書類などはすべて再発行。


手数料がけっこうかかったが、一枚一枚

そろえていった。現金も失い、激貧状態に陥ったが、

何とか乗り切った。病気もかなり回復した。


あの時はまさかという病気にかかり、

近年にない深い落ち込み方をしていた。

それがさらに悪いことを引き寄せた。


ただ、私はこれは自分が招き寄せたものであることを

知っていた。ここから底無し沼に落ちるのも、脱出するのも

自分次第だということを知っていた。


今でもまだまだ苦しいことはあるし、難題は山積みだ。
どん底を脱したとはいえ、左ウチワの状態には程遠い。油断大敵。


しかし、ネガティブな気分が

不幸を連鎖的に呼びこむことはこれで明らかになった。

今後も十分に気をつけて生きていきたい。


最後に無事に今日を迎えることができ、

大宇宙の神様と、読者の皆様に深く感謝いたします。







宇宙最強の法則

私は昔ネガティブの塊みたいな人間だった。

(今も完全に払拭できたわけではない)

しかし、ある時気づいた。


私は、ネガティブなことを言って、相手にそれを否定して

ほしいのではないかと。


「そんなことないよ あなたよく頑張ってる、立派ですよ」

と他人からほめてほしいのではないかと。


「大変だったね」と他人から同情してほしいのではないかと。


またはネガティブなことを言って相手の気を

引きたいのではないかと。


カウンセリングを受けてたときはそれらをモロに意識していた。


そのときの私はけっしてボッチではなかった。

ただのプライドの高いかまってちゃん。


いろんな人とつながりがある恵まれた環境なのに、

自分で塀を作って他人と隔離していただけ。


そう、ネガティブなこと言う人は本当の意味でのぼっちじゃない。

相手を想定している。


本当のぼっちというのは、相手というその想定すらないんだよ。


本当の、本当にひとり。無人島でサバイバルするようなもの。


慰めてくれる相手も、反応する相手もいない。

いや、そんな相手を期待できないほど孤独である。


そしてネガティブなことを言ったり、考えたりすると

それは自分に何らかの結果が返ってくる。


返ってこないと思ってる人が多いけど、絶対に何か返って来る。

少なくとも10のうち6ぐらいは何か返って来る。


たまにネガティブになってもいいじゃないですか、カタルシスに

なるから、という人がいる。


アホか。それはたまたま、ネガティブが原因による

厳しい出来事が起こっていないから言えることなのだ。


この世では何かを原因を為すと、その結果を

刈り取らなくてはならない。


嘘だと思ったら、明日、ブンブン、チェーンを振り回しながら、

街の人ゴミの中を歩いてみるといい。


平穏に何事もなく過ごせるか実験してみるのだ。

たぶん無理だろう、この原因から、そういう結果は。


これが宇宙最強の法則、原因と結果の法則。


では、良い原因をまけば良い結果が得られるのか。

それはそうなのだけど、


自分の魂の成長度では、良いことが起こりにくく、

悪いほうはもう、いくらでもバンバン起こり

やすいという状況だ。


ちょうど、太陽の光は差し込んでいるのに

窓ガラスが汚れていて、光を通さないことと似ている。


この法則がおそろしすぎてネガティブなことを言うのも

自己卑下も億劫になってしまった。









人生のやり直しについて

ブログをやったり、見る人は若い年齢の人が多い。


そういう人が「人生終わった~とか、もうダメだー」とか書いている。

ちょっと違和感を感じるね。


私の人生は、ある時期まで、世間一般のレールに乗っかり、

みんなと一緒に歩調を合わせていたが、青春期にそのレールからはずれた。


私の人生がいつまでも低空飛行なのは

「青春期にレールからはずれたせいだ」と長いこと思っていたが、

実はそうじゃない。


はずれただけならやり直せると思う。


私は、もともと株とか金儲けとか、商売とか、サラリーマンとかに

興味なかった。「経済、ビジネス系」と言えばいいだろうか。


大学なんかもサラリーマンに直結する経済学部や商学部、経営学部

なんて一つも受けてない。イヤイヤ法学部は受けましたけどね。


一番やりたかったのが心理学。次いで宗教。こころの分野(見えない世界)

ばっかり。


当時、心理学を学べる大学は少なく、難易度の高い大学や、

遠方の大学、学費バカ高い大学にしかない、という状況。

結局、縁がなかったのさ。


だから、今から正社員になって、ビジネス世界で成功しても

面白くないと思う、たぶん。興味ない仕事もやりたくないね。

社長でもやりたくない。


嫌な仕事に我慢して、正社員になれたって何もうれしくない。


バブルの時代は、好きな仕事に就いて正社員というのも

ありえない話じゃなかったから、つい未練が残ったわけだ。


だから、今30代で、精神世界に興味がなく、ビジネス分野に

抵抗ないなら集中努力すればやり直せるんじゃないかな、と


私は大切な30代の時期に、宗教にはまってしまった。

真逆の方向だね。


道をはずれたら、軌道修正して元に戻らないといけない。その

最後のチャンスが30代。なのに、ますます現実離れしていった。


また、長らく正社員になれないことに劣等感を持っていたが

劣等感持つ必要なんてなかった。


お金いっぱい持ってても、流行追っかけ、みんなと一緒で、世俗的で。

人付き合いばかりで、いつの間にか人生終わるんだから。

普通。平凡。ただそれだけ。


それが一番幸せと思える人はそうすればいいんじゃないか。


資格も、取りたい資格なんてほとんどなかったね。

嫌々興味のないビジネス系の資格をとったけど、役に立ったことは

一度もなし。今の仕事とは何の関係もないんだよ。


20~30代って、何か資格とらないといけない、

みたいな(社会からの)見えない圧力があったね。


今の仕事に採用されたのはたまたまとしか言いようがない。

亡くなった祖母が霊界から力を貸してくれたんだと思っている

(採用されたのが命日だったから)


当時はジリ貧だったから、何でもいいから仕事やらねばならなかった。


だから、今の仕事は好き嫌い関係なく、生活のためだけにやってる。

ストレスがすごい。病気になりまくっている。わずかばかりの

安定のために人生を浪費しているね。