五大の人生日記

日々感じたことや、思いついたこと、思い出などを
書き綴っていきます。

あんた、一生を棒に振るよ

「あんた、一生を棒に振るよ」


大学を中退して、しばらくの間を経て、私は大学に入りなおそう
として予備校の門を叩いていた。


面接になったが、面接官の年輩の男性にそう言われた。


当時、私は大学に入るにはけっこういい歳になっていたし、久しく
高校の勉強から遠ざかっていて成績はサッパリ、ゼロからはじめるに
等しかった。


しかも次の目標が曖昧だった。専門学校も考えていたくせに、
大卒の学歴もないと嫌だな~大学も行こうか、という優柔不断さ。
分野もマチマチ、一体何をしたいのかわからない状態だった。


面接官はカウンセラーではない。なのに、私はネガティブで悩み事ばっかり
クドクド暗く語っていたような感じであった。


さすがに予備校側でも、学費をくれる客とは言え、こんな奴の面倒を
見切れないわーという感じだったのだろう。


それでも「どうしてもこの大学に行きたいんです。一所懸命勉強しますから」
と食い下がればよかったのだが、当時、そんな心の強さなどあるわけがない。
面接官の言葉にズタズタに傷つき、結局、そこから逃げてしまった。


その後の紆余曲折を経て、私は大学に入り直すのはやめ、今度は
(早く社会に出なければ・・)と思うようになるのであるが。(大学は
社会出てから、働きながら通えばいいや)と甘いことを考えながら・・


「あんた、一生を棒に振るよ」という言葉はその後も自分に影響を与え、
マイナスの暗示がかかり続けた。


そして今、その面接官の予言どおりの人生になってしまったかのようである。


私は一生を棒に振ってしまったのだろうか?


その面接官は、「良い大学を出て、良い会社に正社員で入り、
結婚して、経済力と地位を得て・・・」という人生モデルを想定し、
そのモデルコースからはずれた人間を「一生を棒に振った」としているのだ。


しかし、100人中100人が「あんた、一生を棒に振ったね」と言っても
私自身が「棒に振っていない」と思えば、それは「棒に振ってない」のだ。


だって自分の人生だもの。棒に振ったか振ってないか、
最終的に決めるのは他人様じゃない、自分なんだから。


牢獄に入ろうが、ホームレスで野垂れ●にしようが、
本人が「一生を棒に振ってない」と思えば、振ってないんだよ。


当時はそういう気づきも、負の暗示をはね返す強さもまったくなかった。
それらが今あるということ自体が、まさに「一生を棒に振ってない証拠」
じゃないか。


私が大学をちゃんと卒業して、それなりの企業に正社員で入れた
としても、この性格じゃ人付き合いは絶対苦労しているだろうし、
荒れた人生になるのは一緒だったかもしれない。


大多数の人と同じ人生、普通の人生かもしれない。収入や地位が高いかも
しれない。


が、自分の本意じゃない仕事や結婚をし、義務と責任に押しつぶされそう
だとしたら?そっちのほうが一生を棒に振ってるように思えてくる。


この歳だからわかってきたことだけどね。


いいものもってる

高校生の頃、


私は普通科に行っていたが、国語に古典(古文、漢文)と
いう科目があった。割と真面目に勉強した記憶がある。


正直、紫式部だか、清少納言だか、知らないが、大昔の
言葉を覚えて一体何になるのだ?という思いが強かった。


英語なら少しは役に立つかもしれないが、
古文漢文なんて、社会に出てまったく役に立つことはない。


「いとをかし」とか、古語を覚えていると
傍らから父に「そんなの覚えて何になるんじゃ?
社会で金が稼げるのか?・・」とよく言われた。


注)父は工業高校(定時制)出身である。


しかし、先生が好きだった。


C市出身で、方言丸出し。国語の先生なのに、黒板に
丸文字(まんが字※)で書く先生だった。

※70~80年代に女子中高生の間で流行した文字。
なぜこの先生がこういう字を書いていたのかは不明


その先生は時々、授業中、古典とは関係ない話をはじめる
ことがあった。


「君たち運命ってどう思う?」
「人生の意味って何だろうね?」と哲学的な問いを発する。


それについて東洋哲学、老荘思想を使って説明することが
多かった。もともと中国文学が専門とか言っていたので
そういう分野に詳しかったのだろう。


その先生とウマがあったため、同級生の友人と遊びに行った。
教師の家に遊びに行ったのは生涯、この先生だけである。


むさくるしく、狭い2DKぐらいの
アパートに小さいお子さんと奥さんとで住んでいた。


お世辞にも金持ちそうには見えなかった。
その先生はアラフォーの、小柄な、さえないオッサンという
感じだったが、奥さんはかなり若いように思えた。


奥さんが私達のために、アイスクリームを買って戻ってくると、
先生が奥さんにあれこれ口うるさく指図していた。
意外にも亭主関白のようだった。


4畳半ぐらいの狭い部屋でアイスを食いながら 
人生論、哲学的な話をした。


そして先生は私に言った
「五大、お前って本当に変わってるよな。
でも いいもの持ってるぞ」


そのいいものが何か具体的には言ってくれなかった。
リップサービスなのかもしれない。


しかし、こういう教師の何気ない一言でその生徒の将来が、
地獄に叩き落されることもあれば、救われることもある、
・・というのが今、身にしみてわかるのである。


多感な時期に、人生論、哲学的な話ができ、リップサービス
であれ、「お前はいいもの持ってる」と言ってくれる教師に
出会えてよかったと思っている。




公園散歩 June26

いつもの公園を散歩してきました。花壇の花が美しいです。

七夕の準備をしていました。

新しい道を発見しましたが行き止まりでした

天気が良ければ東京都最高峰の雲取山が見えるのに、
曇っていて何も見えません

緑、草のにおいがムンムンしています。